マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
急病となったピアニストの代わりに、マエストロがピアノの引き振りで演奏したのだ。


それは余りにも衝撃的だった。


弾き振りというのは、弾きながら振るという文字通りで、演奏しながら指揮を兼ねるというもの。

曲に対してソリストと指揮者の意見が分かれる事があっても、弾き振りならそれがなく、容易に行うことが出来る。

なら、指揮者やソリストがそれを兼ねれば良いじゃないかというと、当然そこには両方を兼ねるだけの力量が必要とされる。

マエストロのピアノの技術力なんて、それなりのものだろうと、高をくくっていた所もあったのだろう。
そのピアノの音を聴いて、身体が固まり、思考する事も放棄した。


曲はモーツアルト作曲、ピアノ協奏曲21番
ハ長調K467


マエストロのピアノは、軽やかで躍動感に溢れていて、目が開けていられない程キラキラしていた。
そのくせ、第2楽章の有名な箇所は、胃もたれしそうな位、ゆったり甘く弾いてくる。


そのなかにふと垣間見せる、悲哀を帯びた音色と表情に、はっとさせられる。心臓を鷲掴みにさせられる。

甘いだけじゃない。美しいだけじゃない。


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