マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
「するの?紹介……。音楽監督さんに。」
(仏)

一通りシモーヌから話を聞いたパトリックが、
言う。

「しない。出来ないよ。そんな事したら、僕
の指揮者生命にも関わるよ。あんまりな言い
方だけど。」(仏)

「……ソコまで言う?カナデのピアノって、よ
っぽどフツーなのね……。」(仏)

何とも言えない空気が、部屋の空間を支配し始めた。


「誰かがやらなくちゃならないんだよね。」
(仏)

そんな空間をかき混ぜるべく、パトリックが口火を切った。

「やらなきゃならないって?」(仏)

何の事だろ?

「子供の頃は子供の頃で、夢を抱いて、叶え
る為に努力しろ、諦めるな、って言われて来
たろ。けど、大人になったら、いい歳してい
つまで夢追いかけてんだ、現実を見ろ、そん
な風潮あるじゃん。」(仏)

「む。」

珍しくパトリックが殊勝な事を言ってきた。

「確かに夢を叶える為に努力をし続け、諦め
ない事は素晴らしいことだよ。でもさ、出口
の光りすら見えないトンネル程、不安な物は
ないと思う。中途半端のまま諦める姿なんて
余り他人にはみられたくないし、自分自身で
それを認める事も勇気が必要だ。」(仏)

「………うん。」(仏)

「諦める事も結構大変なんだよね。」(仏)

そうか。

「それを導いてあげなよ、ユーヘイが。
ユーヘイがやらなくちゃならないよ。」
(仏)

パトリックは口の端を持ち上げて笑った。



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