マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
あれ?目頭に違和感を覚えるなあ。
何だろう?

……あー。もう。
泣くもんか。
駄々を捏ねる子供じゃあるまいし。


「……あー。緊張した。何とか言えた。」

「え?」

見れば、表情を崩しこちらを見てふわりと笑う
マエストロがいた。被っていた仮面を外した様に。

「頑張ったよ。今まで奏ちゃんの心の中で占
めていた場所をピアノから、僕へと移して欲
しいから。」

「……そ、……」

それは、と困惑の表情を作った。

「今から奏ちゃんを口説くから。覚悟して聴
いてて。」

「……聴く?」

益々嬉しそうに笑った。


「本気で弾くから。」


笑顔にそぐわない、穏やかでないことを言ってきた。
………一体……?

マエストロは燕尾服の尻尾を持ち上げて座り、ピアノの前に改めて向き直った。
月明かりを受けたその姿は、ただただ恐ろしいまでに美しいと思った。

何だろう。さっきから、何だか変なのかもしれない。私。


長い指が鍵盤の上に乗せられるやいなや、曲は
始まった。

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