マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
最後の硬質な音が空気に溶けて消え、その空気が振動して私の耳にまで届く。
それはすとんと私の心の中に落ちてきた。ジグソーパズルのピースがはまる様に。

まるでリサイタルを聴かされたみたいだ。しかもタダで。
震える。熱が覚めない。曲は終わったのに。


マエストロは椅子から離れ、こちらにカツンと
一歩踏み出した。どうしよう、とばかりに後ろに下がりたくなるのを踏みとどまった。

「……奏ちゃん。」

「……。」

うわ。どんな顔すればいいんだろう。何て応えたらいいんだろう。

「奏ちゃん。」

「……ハ、イ…。」

素晴らしかったです、とか?
そんなありきたりな言葉で表現したくないのに興奮しているせいか、何も浮かんでこない。

「せ…きにんとってよ。もう僕は奏ちゃん無し
では生きていけないよ。」

……ピアノの話じゃないんかい……。


「何処にも行かないで。ピアニストになる事
も留学も止めて欲しい。」

「……。」

何だか無茶苦茶じゃん。こんなジャイアンな事
……。


「奏ちゃんは僕の事を好きなんかじゃないの
は分かってる。分かってるけど、僕は奏ちゃ
んを諦められないんだ。だから、諦めて欲し
い。僕で我慢して。」


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