それでも君が必要だ
「じゃあ、美和さんにはにんじんをお願いしようかな。はいっ」
目の前にまな板と包丁とにんじんが次々と並ぶ。
にんじんをお願いされてしまった……。
お願いって……どうしたら、いいの?
包丁で切ればいいのかな?
そうだよね?
にんじんをちょっと触ってみる。
やっぱりすごく硬い。
これを切るのにどのくらいの力がいるのかわからない。薪割りの要領?
包丁を握りしめ、振り下ろそうと上に掲げた。
「わあっ!待って!美和さんっ!動かないで!」
智史さんの大きな声にびくっと驚く。
えっ?
動いちゃダメなの?
こんな包丁を振りかざした姿勢で?
智史さんは恐る恐る私に近づき、そっと手から包丁を取りあげた。
「はあー……、びっくりした」
いえいえ、びっくりしたのは私の方です。急に大きな声を出すんだもの。
はあっとため息をつきながら智史さんは困ったように微笑んだ。
「美和さん、何をしようとしたの?」
「えっ?何って……、にんじんを切ろうかと……」
「それで振り上げたの?」
「……はい」
あの……。
もしかして。
ダメ、でしたか?
「初めて見たよ、こんなマンガみたいなことする人」
「漫画?」
「そう、マンガ。美和さんは見ないのかな?」
「はい」
「じゃあ、テレビは?料理番組とか見ないの?」
「はい……、見ません」
「あははっ、これはなかなか手ごわいなあ」
智史さんは爽やかに、でも困ったように笑った。
もしかして私、すごく変なことをしてしまいましたか?
私が変なことをしたから智史さんは驚いたの?
「……あ、あの、ごめんなさい」
驚かせてしまった上に全然お役に立てなくて、本当にごめんなさい。
私、何もできなくて……。
自分の不甲斐なさと恥ずかしさにうなだれる。
でも、智史さんはどういうわけかニヤリと嬉しそうな顔をした。