それでも君が必要だ

智史さんの運転は静かで、早くもなく遅くもなく急ブレーキをかけることもなく落ち着いていて、次第に気持ちは運転する智史さんから流れる景色に移っていった。

こんな風に車の窓から景色を眺めたのは初めて。

なんの目的もなくただぼーっと景色を見るのも悪くないのかも。

ぼんやりと目に映る色とりどりの光。

たくさんの車の赤いバックライト。歩道を急ぐ人々。通り過ぎていく電車の窓の明かり。

世界にはたくさんの人がいる。たくさんの人がいて、それぞれにその人の人生があるんだ。

私、今まで自分のことしか見えていなかった。
自分の今の、この生き方しかないと思っていた。

でも、たくさんの生き方があって、私にとってもそれは他人事ではなく、今とは違う生き方を選択することもできるんだ。

私は父の世界が全てだった。
父の言う通りにすること、父の思い通りの動きをすること、父の期待を予想してその期待に応えること。

そうしないと生きていけないと思っていた。

そうしないと殴られる。役立たずは要らないと言われる。

存在を否定される。

私は何のために生きているのかな?

父のため?
そうなの?

違うんじゃない?

私は私のために生きてるんじゃない?

でも今日は智史さんのために頑張った。
頑張ったら不思議と充実した気持ちになった。

人のためになるのは嬉しい。
必要とされていると感じるから?

それもあるけれど、少し違う。
< 128 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop