それでも君が必要だ
「なにをボサッとしてるんだ!」
父の声にハッとする。
どうやら、仲居さんが倒してしまったグラスの食前酒がスカートにかかってしまったらしい。
「申し訳ありませんっ!」
若い仲居さんが慌てて布をスカートに当てた。私も一緒になって手元にあったお絞りでスカートを押さえてみる。
「大丈夫です。このくらいちょっと拭けば取れますから」
「でも……」
仲居さんが不安げな声を出すから、早く安心してほしくて、ぐいぐいと拭いてみた。
グイグイ、グイグイ……。
うーん、思ったようには綺麗に取れない。
この香りは梅酒かな?
ちょっとベタベタしている。
やっぱり水で洗った方がいいかもしれない。
「少し席を外しても良いですか?」
私が恐る恐る聞くと、父の舌打ちが聞こえた。
「さっさと行ってこい」
「はい」
良かった!
本当は席を立ちたかった。
この場から離れたかった。
だってあんなの、息苦しくてたまらない。
「こちらへどうぞ」
立ち上がると、仲居さんは早足で大きな洗面台のあるパウダールームに案内してくれた。
パウダールームの扉が丸く枠取りされた障子だなんて、やっぱりこの料亭ってお洒落。なんて思いながら仲居さんについて中に入ると、仲居さんは勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
「そんな……本当に大丈夫ですから。色も付いていないし、それにあの席からちょっと離れたかったし」
そう言って微笑むと、仲居さんは困った顔をした。父の私を蔑む発言を仲居さんも聞いていたから、確かに返答には困るかもしれない。
洗面台の蛇口をひねると、仲居さんがまた勢いよく言った。
「私が洗います!」
元気のいい仲居さん。アルバイトかな?