それでも君が必要だ
父は恐ろしい形相をしていた。
驚きと恐怖に身がすくんで、思わず表情が固まる。
わざわざここまで来るなんて……。
なかなか戻らなかったから、ものすごく怒っているんだ。
「何をやっているんだ!のろまっ!早く戻れっ!」
「……すみません」
「声が小さいっ!」
父の怒りがおさまらない。むしろ勢いが増している。
……これはかなり嫌な感じがする。
父は家にいる時、機嫌が悪くなると怒りに任せてすぐ暴力をふるう。
だからいつも細心の注意を払っているのに。
ここが家なら確実に手が飛んできている。
でも、外面を気にする父が外出先で手を上げるだろうか。
「返事はっ!」
短気な父の怒りが爆発したのを感じた。
考え事をして返事をしなかったことが逆鱗に触れてしまったらしい。
荒げた声と同時に足が飛んでくるのがわかったから身を縮めたけれど間に合わなくて、父の蹴り上げた足がわき腹に当たり、飛ばされて廊下の壁に肩が激突してドスッと鈍い音をたてた。
一瞬息ができなくてその場にうずくまる。
父が上から見ているのがわかるけれど、反応ができない。
外出先でも蹴るなんて、相当頭に血が昇っている……。
副社長さんに婚約を断られて、その上私がなかなか戻らなかったから、思い通りに進まなくてすごく苛々しているんだ。
父は私を蹴っただけでは気が済まなかったのか、今度は若い仲居さんに向かってもっと大きな声を出した。
「あの場で酒をこぼすなどありえんことだ。従業員、名前を言えっ!お前はクビだ!」
そんなこと、言わないで。
この人だってわざとやったわけじゃない。