それでも君が必要だ
壁にぶつかった勢いで太ももまで捲れてしまったスカートを見たら悲しくなったけれど、この場の雰囲気をなんとか和らげたくて、笑顔を作って平静を装いスカートを直した。
「大丈夫です。すみません、お騒がせして」
「そんな……こちらの不手際が原因です。本当に申し訳ありませんでした」
女将さんがまた深々と頭を下げる。
もう、そういうのやめてほしい。さらっと流してほしいのに。
「違うんです。もうこの件は忘れてください」
痛みとふらつきを隠しつつ立ち上がると、若い仲居さんがしくしくと泣きながら勢いよく走り寄ってきた。
「すみません、本当にすみませんでしたっ!私のせいで、こんなことに……」
「ううん、父はいつもああなんです。よくあることだから、気にしないでください」
顔を歪めて泣いている仲居さんに努めて冷静にそう言って微笑んで見せた。
そんな風に泣かないで、さっきのくりっとよく動く元気な瞳に戻ってほしい。
そして、今ここであったことは全てなかったことにしてほしい。
お願いだから、何もなかったことにして放っておいて。
私、もうこれ以上何も考えたくないの。
何も考えたくない。
考えてしまったらもっと苦しい思いをする。
だから、怖いから、私は何も考えない。
そうやって私は自分を守っているの。
父の暴力は今に始まったことではない。物心がついた頃から父は思い通りにならないとすぐに暴力をふるった。
私は常に父の思い通りに、期待通りに動かなければならない。だからじっと観察して、父が私に何を望んでいるのかを予測しながら生きている。
父はもともと短気で暴力的な人なんだと思う。
それに加えて、私を自分の娘ではないと疑っている。
こんなに似た顔をしているのに、私は父に似ていることがたまらなく嫌なのに、どうして父が血の繋がりを疑うのか、私には全くわからない。