それでも君が必要だ

ふと顔を上げたら副社長さんと目が合った。
黒く静かな瞳。

そんな真剣な顔でじっと見ないでほしい。嫌々誘っているってことを伝えたいの?

……大丈夫。
わかっている。

あなたが会社の危機を救うために私のことを気に入ったふりをして、父の機嫌を取ろうとしているってこと。
よくわかっているから、大丈夫。

副社長さんが少し微笑んだように見えた。

「今週の土曜日はいかがですか?車でお迎えにあがりますよ」

「えっ?いや、えっと、車は……ちょっと」

反射的に車は嫌だと言ってしまい、しまったと思った。

車は嫌。密室だから嫌……。

「何をくだらんわがまま言ってるんだ!」

「すみません……」

予想通り、父から横やりが入った。

車は密室だから嫌なのに、父は無理にでも車で出かけさせようとする。
父は私が婚約者に何をされても構わないと思っているんだろう。
いや……、むしろそう仕向けている。

以前も、婚約者が車で迎えに来ると言った時、「もっと短いスカートをはけ」とか「もっと胸元の開いた服を着ろ」とか身の毛もよだつ指示を出してきた。

それなのに「触られたら全力で拒否しろ」と言う。

一瞬、父が私を心配するなんて、と驚いたのに、父の意図はそういうことではなかった。

『傷物は価値が下がる。そんなのは許さん』

だとしたら、なぜ服装におかしな指示を出してくるの?
もうどうしたらいいのか、本当にわからない。

「それなら、電車で行きましょう」

「?」

……あれ?
車じゃなくて、いいのかな?

「いやいや、娘のくだらんわがままだ。気にしなくて結構だよ」

「いえ、車だなんてちょっと格好つけてみただけですから。美和さん、電車で行きましょう」

「……はい」

父はそれ以上何も言わなかった。思い通りにならないのに黙るなんて珍しい。婚約がうまく進んだから、もうそれでいいのかな?
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