それでも君が必要だ
私は一度だけショコラを叩いたことがある。
小学生の頃、私は帰るとすぐに家の掃除をするのが日課だった。
その日もいつもの通り学校から帰ってリビングの扉を開けると、カーペットにちぎれたティッシュペーパーが散乱していた。
なに、これ……。
愕然とした。
母に褒めてほしくて役に立ちたくて、私はいつも一生懸命掃除をしていた。
リビングだって昨日綺麗にしたばかりなのに!
どうしてこんなこと!
カサカサと音がする方を見てみるとソファーの裏でショコラがティッシュペーパーの空箱をかじって夢中になって遊んでいた。
それを見たら、カッと頭に血が昇った。
なんなの!
なんでいつも私の邪魔をするの?
私は衝動的に箱を取り上げ、思いっきりショコラに手を上げた。
相当強く叩いたと思う。手に感じたショコラの体は柔らかくて、私は一瞬頭がスッとした気がした。
でもショコラのキャンッ!という悲鳴と、たった今自分が感じた一瞬の快感に底知れぬ恐怖を覚えた。暴力にわずかでも喜びを感じた自分が怖くなった。
一瞬の快感とその後に押し寄せる猛烈な後悔。
わけもわからず悲しくなって、私はその場に立ち尽くして大声でわんわんと泣いた。
もしかしたら私は父と同じなのかもしれない。
同じ暴力的な人間なのかもしれない。
そんなのイヤ。
同じになりたくない。
あんな風には絶対になりたくない。
だから私はそれまで以上に自分を抑えて自分を消し、人と距離を置くようになった。
あまり考えないようになったのも、その頃からかもしれない。
その数年後、ショコラは歳をとって死んだ。
母はショコラの死に耐えられず、ひたすら悲しみにくれた。そして家の至る所にショコラの写真を並べては父の逆鱗に触れた。
あの頃の私は父の目に触れないよう母が並べたショコラの写真をいつも片付けて回っていた。
あんなに気持ち悪いくらいたくさん写真を並べて、母は何がしたかったんだろう。
ショコラが死んで悲しいってことをわかってほしかったんだろうか。
私だって悲しかった。ショコラなんていなくなってしまえばいいと思っていたけれど、いざいなくなってみたらすごく寂しくて悲しくて涙が出た。
そして、いつまでもショコラの面影にすがる母を見て、ショコラが死んでもなお、母の気持ちが私に向くことはないという事実が静かに深く心をえぐった。
母はそれからショコラの写真と一緒に部屋に閉じこもるようになり、家の外にも部屋の外にもだんだんと出なくなった。