それでも君が必要だ
そして三年前、母は重い病で入院した。
父は入院した母を労わることなく「病気になるなんて金食い虫の迷惑な役立たずだ」と言った。
私には父のそういう感覚は理解できない。
入院しても母は一向に良くならなかった。
そして亡くなる直前、母は弱りきった病床で父と私にとんでもないことを言った。
『美和はお父さんの子じゃないの。杉山さんの子なのよ』
咳込みながらクククッと笑った母の顔は恐ろしく、背筋にゾッと寒気が走った。
嘘だ。
そんなの、嘘だよ。
だって、私と父は似ているもの。
杉山さんとは父の会社の人で、父とは出世を争うライバルのような人。父は昔から杉山さんを毛嫌いしていた。
なぜ母がわざわざ杉山さんの名前を出し、父を煽って激昂を招くようなことを言ったのか、その真意はわからない。
病気で苦しかったから?
それとも、今まで自分を苦しめてきた父になんらかの形で復讐をしたかったの?
私は母が嘘をついていると思った。
でも父は母の戯言を信じた。
あの時の父の怒りは壮絶なものがあった。
怒りっぽい父でなくても、あんなことを言われたら誰だってショックだと思う。
ハッキリさせるために検査でもして調べればよいのでは?と思ったけれど、父は調べることもなく、あれからずっと私との血の繋がりを疑っている。
私はそうは思わないけれど。
なぜ父が信憑性も根拠もない母の言葉を信じるのか、私には全然わからない。
もしかしたら父も完全には信じていないのかもしれない。
だって私を追い出さず、今でもこの家においてくれているもの。
「私は……」
ガタッと音がして目の前の父が立ち上がった。
あっ!
しまった!
ぼんやりしていたら父が食事を終えてしまった……。
「のろまっ!ボヤボヤするな!」
振り上げた父の手にビクッと目を閉じると、払い落とされたお皿が壁に当たりガシャンと音を立てた。
割れて粉々に散ったお皿と床にベチャッと落ちたお豆腐。その光景を見るだけで悲しくなる。
父はそのまま振り返りもせずドカドカと足音を立ててお風呂場へ行ってしまった。
割れたお皿、もったいない……。
それに、床だってさっき綺麗に掃除したばかりのに。
でも、殴られなかっただけマシ。
父がお風呂から出たら私もお風呂に入ろう。
温かいお湯にゆっくり浸かってぼーっとして、全てを忘れたい。