それでも君が必要だ
困った……。
どこに行きたい?なんて、そんな優しい瞳で覗き込まれても困る。
行きたい所なんて全然思いつかない。
そもそも私は今、自分がどこにいるのかもよくわかっていないのです。
何も言えずに副社長さんを見上げたら、黒い瞳と目が合って、ドキドキしてまたパッとうつむいた。
「ここじゃなくて全然別の所でもいいですよ。遠慮しないでください」
「いえ……遠慮だなんて。えっと、副社長さんはどうされたいですか?」
直視できずにチラチラと見上げながら私が言うと、副社長さんは微笑んだ。
「俺?そうですね……、俺は君と話がしたい」
……話?
話だなんて、もしかしてさっそく本題に入って父が何を企んでいるのか聞きたい、とか?
でも私、全然わからないの。
父が何をしようとしているのかなんて……。
「よし!じゃあ、散歩にしましょう!散歩しながら話しましょう!」
私の不安な思いとは裏腹に、副社長さんは明るい笑顔を私に向けた。
「……はい」
お散歩……。
そんなことでいいのなら、私は全然かまわないけれど。
「それから!」
副社長さんが少し大きな声で言ったから、ビクッとして見上げた。
「敬語は堅苦しいからやめよう?それに『副社長さん』もやめてほしい。そうだな……、俺のことは『智史』って呼んで」
えっ?
急に何?
敬語はやめよう?
智史って呼ぶ?
……。
いきなり、無理です。
まだ会って間もない人にそんな馴れ馴れしくできない。
「……急には、ちょっと」
「大丈夫だよ!言ってみて!」
副社長さん、なんだかすごく明るいんですね?この間の凍るような無表情とのギャップに戸惑ってしまう。
それとも私を楽しませて父に便宜を図ってほしいとか?全ては会社のためにやっていること?
「『智史』だよ?」
……どうしよう。
副社長さん、じっと見てる。
名前、言わないと怒る?
「はあ……っ」
息を整えていざ言おうとしても、ドキドキして頬がじわじわ熱くなっていく。
だって、男の人を名前で呼ぶなんて……初めてだもの。
もう一度息を吸う。
「さ……智史、さん……」
震える声でようやく言ったけれど、これが私の限界。