それでも君が必要だ

何も気がつかないふりをして優しくされていたい。ほんの少しでいいから、この時間を引き延ばしたい。

そんな私の願望のために本当のことを言わずに副社長さんを騙し続けることに後ろめたさを感じて、思わずギュッと目を閉じた。

「知らない男と結婚なんて嫌、だよね?考えたくもないかな?」

副社長さんの心配そうな声。

嫌……?
嫌なんだろうか?

嫌とか以前に、父の言う通りにしないといけない、と反射的に私は従っているだけ。

「……副社長さんは、嫌なんですよね?」

副社長さんは大きくため息をついた。

「嫌だね」

「…………」

そう、ですよね……。

嫌に決まってますよね。

私、副社長さんが優しいから、嫌じゃないよ、なんて言ってくれる気がしてしまった。

そんなこと、言われるわけがないのに。バカみたいに期待した私がいけない。

それでもハッキリ『嫌』と言葉にされたら、思いのほか深く刺さって胸が痛くなった。

視線を地面に落として思わずうつむく。

突然こんな不細工な女を押し付けられて良いわけがない。
そんな当たり前のことを聞いて、うざいですよね?怒ってますよね?
……ごめんなさい。

副社長さんはもう一度大きくため息をついた。

「『副社長さん』は嫌だね。さっきやめてって言ったでしょ」

……?

「……えっ?」

「俺のこと、なんて呼ぶんだっけ?」

「あ、あの……」

見上げるとさっきと同じ穏やかな黒い瞳が私を見ていた。

嫌だねって、副社長さんって呼んだことが嫌だって意味?

優しい瞳に肩の力が抜けて、また胸が痛む。

「さっきは言えたでしょ?俺の名前はなんでしょう?」

「……」

そんなに優しく微笑まないで。

胸の痛みが指先まで伝わって痺れる。
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