それでも君が必要だ
お母さんは額に手を当て目を細めた。
『母としては複雑ー』
そうですよね?
息子さんがそんなこと言い出したら、それは複雑ですよね?
でも大丈夫。
これは智史さんの嘘だから。
「……あの、でも、それはきっと……」
『小学生ならまだしも、もう三十にもなる息子から恋にはしゃぐ話を聞かされるなんて思わなかったし!ホンット複雑!」
「あの、……えっと」
そんなに盛大なため息をつかなくても……。
オロオロする私にお母さんは優しい瞳で微笑んだ。
「美和ちゃんって、可愛くて大人しくて守ってあげたい感じね。でも、智史はそれだけで恋に突っ走るような子じゃない。あなたの中の何かに強く惹かれたのよ、きっと。あの子の勘はただの当てずっぽうじゃないと思うの』
「……」
そんなの、嘘です……。ありえない。
智史さん、私を気に入ったなんて、どうしてお母さんにまでそんな嘘をついたの?
会社のための婚約なんだから、お母さんとは本当のことを話せばいいのに。
それとも、お母さんも智史さんと一緒になって私に嘘をついているの?
……いや。
お母さんは嘘をつくような人ではないと思う。
とてもまっすぐな人だもの。
そっか。
まっすぐで正直な人だから、智史さんはあえてお母さんには嘘をついたのかもしれない。
『こうして話している分には、美和ちゃんは純朴ないい子だと思う。けど、立場を考えると私はまだあなたを信じることはできない』
言葉を切って考えてから、お母さんはまた口を開いた。
『でもね、私は智史の勘を信じようと思う。人並みだけど、あの子は私の自慢の息子。だからね、美和ちゃん。あなたが智史をいいと思ってくれるのなら、あの子のこと、よろしくお願いします』
「そんな……とんでもないです」
そんな真剣に言わないで……。
申し訳なくて涙がにじんで、勢いよく頭を下げて顔を隠した。
こんなの、ますます本当のことが言えなくなる。
この婚約が破棄されるなんて、絶対に言えない。