美人はツラいよ

一杯ずつ挽いた豆から抽出されたコーヒーが、紙のカップに注がれるタイプの自販機。
これがあるのは、重役フロアに近いこの階だけだ。
今では徹底的な経費削減のため、重役秘書もお茶汲みをしなくなったらしい。
お茶汲み廃止とともに、常務の熱烈な要望によって設置されたこの自販機は、コーヒーの味も香りも格別にいい。

私は首から下げたネームホルダーの中に密かに忍ばせていた千円札を取り出した。
こういう時に、おばちゃんみたいな習性が役に立つのだ。


「ははっ、萱島さん、そんなところにヘソクリしてるんですね。」

千円札をのばして自販機に入れようとしていると、背後から近づいてきた足音の主に声を掛けられた。
振り返れば、可笑しそうに笑いを堪える雰囲気イケメン、松田朋紀の姿があった。
私を追いかけてきたのか、偶然用事があったのかは分からない。

「…そんな、笑わなくても。」
「いや、純粋にいいアイデアだなと思いますよ。」
「でしょう?でも、こういうところ、おばちゃんくさいってみんなにバカにされるんだけどね。」
「そうですか?必死に千円札伸ばしてる萱島さんは、とても可愛かったですよ。」

冗談混じりに、さらりと先輩を持ち上げるあたりは、営業部で抜群の成績を誇っただけのことはある。
機嫌良く千円札を投入しようとしたところを、そっと軽く手に触れて制された。
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