美人はツラいよ
帰り道、もう遅いからとタクシーを拾おうとする彼を止めて、電車に乗る。
家まで送ってくれるという彼と、最寄り駅から私のアパートまで並んで歩いた。
レストランを出てから、ほぼ会話らしい会話はなかった。
それも全て、私の頭が先ほどからずっとフル回転しているせいだった。
会話をしている余裕はない。
このまま彼の発言に何も反応しないまま、何事も無かったかのように、アパートの前で別れることも可能だろう。
むしろ、彼の発言が冗談で、単にアラサー女をからかって面白がっているだけだと考えるならば、その対応がもっとも好ましいのだと思う。
だけど。
仮にもし、彼が本気だったとするならば。
その可能性が完全に消せない以上は、私は彼に真摯に向き合わなければ、失礼だ。
自分に向けられた好意は、無碍にしてはいけない。
若い頃は、そんな人間として当たり前のことに気づかず、失敗を繰り返していた。
向けられた好意の数々を、何度も軽く受け流して、知らない間に人を傷つけた。
後から聞いた話では、真剣に私のことを想ってくれた人も居たらしい。
過ちに気が付いた頃には、もう誰も私に振り向いてくれなくなっていた。
あの頃、もっと真摯に向き合っていれば、今頃違う未来が待っていただろうか。
「松田君、一つだけ教えて。」
アパートが見えてきたところで、私はようやく口を開いた。