焦れ甘な恋が始まりました
「しゃ、社長、からかわないでくださいっ。社長みたいに素敵な人に、そんなことを言われたら……女の子は誰でも、期待しちゃうんですから……」
「うん?期待してもらえるなら、俺は嬉しいけど?」
「っ、だ、だから、社長は嬉しくても、からかわれてる方は困るんです……!というか、社長は相手が私だから言いやすいのかもしれないですけど、私だって一応、他の人と同じ、女なんですから……」
「日下部さん……?俺は、そういうつもりじゃ……」
「す、すみません、今更、分かりきったことでしたよね……!そ、それより、海!前みたいに、海の方に行きましょう……!」
「え?海……あ、ああ、うん。そう、だね。行こうか」
「っ、」
戸惑いに声を揺らす社長に気付かぬふりを決め込んで、私は逃げるように助手席のドアを開けた。
一人で冷たいコンクリートの上に足を下ろせば、夜の空気が弱い私を足元から追い立てるように這い上がり、思わずブルリと身体が震える。
―――社長の顔を、真っ直ぐ見ることができなかった。
……結局、私はただの臆病者で。
今ある現実も、社長の言葉も何一つ、受け止められずにいるだけだ。
「日下部さん?とりあえず、前に行ったところまで歩こうか」
社長は――――下條さんは、どんなに手を伸ばしても、届かない人なのに。
“ 下條さんのために ” と都合の良い言い訳を並べて、本当はただ、そばにいたいだけだった。