キスは目覚めの5秒後に
「アイツの変化に気付かないなんて。私、ほんと鈍感で、バカみたいだわ」
相手は新入社員のすごく可愛い子だった。
目がくりっとして体つきが華奢で、私とは正反対な感じで、男から見れば守ってあげたくなるようなタイプだと思えた。
新人教育しているうちに好きになったって、ゴメンって、顔を歪めて心底申し訳なさそうに言って頭を下げられたら、私は何も言い返せないじゃない。
分かったって言うしかなかった。
だって、泣いたり喚いたりしたら余計惨めになるだけだもの。
私を抱いていたあの優しい腕が、今はあの子を包んでいる。
私に情熱的なキスをしたあの唇が、今は・・・。
「うーダメダメ!ダメじゃない、私ったら!忘れるために来たのに、なんで感傷にふけっているのよ!」
アイツのことを思い出したらいけない。
ネガティブでセンチメンタルな美也子は日本に置いてきたのだ。
両手で髪をわしわしと掻き回して感情の乱れを打ち消す。
貯めていた結婚資金全部を、この旅で使いきる意気込みで来たのだ。
そうだ、買い物しまくって美味しい北欧料理を食べまくって、贅沢をして旅を満喫するのだ!
とはいっても、私の経済力ではささやかなものなのだけれど・・・。
「・・・とりあえず、出掛けよう!」
身支度を整えてホテルのレストランで軽く朝食を食べていざ出発。
フロントに行くと、今日はどこに行くんですか?と英語で訊かれたので、蚤の市に行きますとスウェーデン語で返した。
すると彼女は目を丸くして驚いて、すごく流暢ねと言ってにこりと笑った。