キスは目覚めの5秒後に

今、とんでもないことをサラッと言った。

この人、ワインに酔ったのだろうか。


「何を言ってるんですか。そんなことは無理・・・」

「俺との契約があるだろう?ほら」


彼は壁に貼られた一枚の紙を指差した。

そこにはふたりで交わした手書きの契約書がある。

昨日の夜これを書いた後、橘さんが掲示してくれたものだ。


「俺は『竹下美也子が帰国するまでの間衣食住を保障し、保護する』だ。あんたは『帰国するまでの間、橘宗一郎の仕事をアシストする』だ。契約日とお互いのサインもある」

「分かっています。それが何ですか」


ちゃんと、帰国するまでって明記してあるではないか。

それがどうして『帰るつもりか?』になるのだろう。

わけがわからない。

首を傾げていると、彼は自席を立って私のそばに来て、テーブルにトンと手をついて耳に顔を近付けてきた。


「あの契約書には、普通あるものがない。なんだかわかるか?5秒で考えろ」

「ないもの??5秒ってそんな。えーっと」


住所が書いてない?じゃないか。

印鑑がない?違う。

うー、5秒なんてとても無理!


「時間切れ。社会人だろう?このくらいすぐに気付け。いいか、よく見ろ。帰国するまでとは書いてあるが、何日から何日までと期間を明記してない。つまり、一生も有り得る」

「えええ!?そんな!」


うそでしょう?・・・でも確かにそうなのかも。

それならあのときそう言ってくれればいいのに、なんてイジワルなんだろう。

知っててそうしたの?何で?


「あの!私はそんなつもりはなかったんですけど!」



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