キスは目覚めの5秒後に

トレイの上には白い紙コップが無くて、どれをとればいいのか迷ってると、赤い花模様のカップがミヤコのよと教えてくれた。


「私が家から持って来たの。どう、気に入ってくれた?」

「私のために持ってきたの?ありがとう!可愛いくてすごく気に入ったわ。お花、好きなの」

「そう、良かった!」


レベッカは顔をほころばせて、日本に持って帰ってね!と言って他のデスクに回っていった。

私に関わってくる社員たちは、みんなとてもいい人だ。

オフィスでのIDカードはゲストだけれど、ここ数日間働いただけで、まるでずっと前からいたかのように私の居場所ができている。

それは“このままここにいてもいいかな”なんて思わせる。

とても居心地がいいけれど、私は日本に帰らねばならない。

会社にアパートに友達、それにもろもろの支払い、普段の生活が待っているのだから。

そう言い聞かせている自分がいて、ちょっと戸惑ってしまう。

ヘッドハンティングの返事はまだしていない。

私はどうしたいのだろう・・・。


「駄目だ、仕事しなきゃ。やることはたくさんあるんだから」


今日も私は、橘さんからおりてきた書類をスウェーデン語に翻訳している。

これが終わったら、スウェーデン語の書類を日本語にする仕事が待っている。

翻訳する仕事なんてそんなにないだろうと思っていたけれど、甘かった。

これでは橘さんの仕事がスムーズにいかなくて困る筈だ。

詳しくは分からないけれど、邦人相手のコンサルティングは言葉の壁があるから、普段よりも細やかな仕事を心がけるらしい。

私がいなくなったら、この仕事はどうするのだろう。

来るはずだった社員が飛んでくるんだろうか。

そもそも来れるのだろうか。

心配になる。

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