キスは目覚めの5秒後に

「これは、どこにあったんですか?」

「公園の木立の中に置いてあったそうだ。今朝、散歩中に見つけたと老人が届けてくれたよ」

「そうですか。公園に・・・親切な人に感謝しなくちゃ」

「パスポートは見つかっても再発行するんだろう?」

「はい、そうなんです。失効しちゃってるので、元に戻らないんです。でも、十分です」


携帯は利用差し止めから解約に変更しないといけない。

大事なデータはバックアップしてあるからいいけど、やっぱり凹む。

でもパスポートが戻ったなら、これを証明にして渡航書の申請ができるかもしれない。

今まで自分が何者であるか証明するものが一切なくて不安だったけれど、これで帰国への道のりが具体的になってきた。

胸の内側から力が湧いてくるのを感じる。

―――良かった。


「橘さん、私明日一日お休みをもらってもいいですか。大使館に行ったり、空港にも行っておきたいんです」

「ああ、いいぞ」


警察を出て、橘さんと一緒に夕食の買い物をしてマンションに戻ると、両親に頼んでいた戸籍謄本の入ったエアメールが届いていた。

これでもう確実に、帰国への道が開いた。




翌日。

夕食を準備して橘さんの帰りを待つ。

今までお世話になったお礼をしたくて、感謝の気持ちを込めて、できる範囲で精一杯のご馳走を作ってみた。

天ぷらと茶碗蒸しと煮物と味噌汁。あと、カップケーキ。

本当は何かプレゼントしたかったのだけれど、何も思い浮かばなかったから日本食にした。

あのとき橘さんがすごく喜んでくれたし、私にはそれしかできないと思ったから。

それに私がいなくなれば、しばらくの間は日本食とはお別れだもの。

そりゃあ、和食のあるレストランに行けばいつでも食べられるけれど、こうして家で食べるのとは雰囲気がまるで違うと思うのだ。

せっせと準備をしていると、玄関の方から物音が聞こえて来た。

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