キスは目覚めの5秒後に

そして金曜日。

いつも通り、橘さんと一緒に地下鉄に乗って出勤する。

このオフィスで仕事をするのも、今日が最後だ。

合計8日間、あっという間に過ぎた気がする。

窓から見えるストックホルムの街並みを眺めて、翻訳で疲れた頭を休めるのも今日でおしまいだ。

そして、彼と一緒に仕事をするのも、これが最後―――


「橘さん、出来ました。確認お願いします」


最後の書類を仕上げて橘さんにメモリースティックを渡すと、彼は立ち上がって握手を求めてきた。

彼のあたたかい手のひらの中に、私の手がすっぽり収まる。


「ご苦労様、本当に助かった。衣食住の保証よりもあんたの働きの方が上だったな」

「そんなことありません。十分して頂きました・・・あ、私がいなくなったら、仕事はどうするんですか?」

「そうだな、自分で何とかするよ」


橘さんは苦く笑う。やっぱり相当大変になるみたいだ。


「それに、ペアを組む社員が来週末あたりに来る事になったから、あんたは心配しなくていい。あと時間になるまで、ゆっくりしてろ」

「はい。ありがとうございました」


デスクに座ってオフィス内を見回す。

書類の入ったファイルや書棚があまり無くて、とてもスッキリした空間。

デスクも椅子も機能的で、とても使い勝手がいいものだ。

働き方も仕事の仕方も全部が私の会社とは違っていた。

生きていくために契約して通ったオフィスだけれど、これが見納めだと思うと感慨深い。

日本に帰れば、ここで過ごした日々が夢のように思えるんだろうな。

みんなの仕事する姿をぼんやり見ていたら、女子社員が代わる代わるやってきて、さよならのハグをしてくれた。

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