キスは目覚めの5秒後に
この人、さっき私は思いっ切り日本語を話したのに、分からないんだろうか。
そりゃあ確かに髪の色は黒ではないけれども、平凡な日本人顔なのに。
黙ったまま見上げてると歌舞伎役者顔の男子は椅子に座って、スッと上を指差した。
「怪しい男ではありません。ここの4階のオフィスで仕事してます。橘といいます」
「はい、私、日本人です。それが何か?」
「住まいは、ここストックホルムに?」
何だろう、この人。今ちょっと嬉しそうな顔をした。
それに許可をしていないのに席に座るなんて、もしかして、私今ナンパされているんだろうか。
この人は仕事中ではないの?ふざけている。
生憎だけど一夜限りとかそういうの嫌だし、今は男なんてこりごりだ。
「いえ、旅行です」
隙を見せたらいけない。
なるべくハキハキと答えると、彼は顎に手を当てて呟くように言った。
「そうか・・・旅慣れてるだけか」
「は?あの、何か?」
「いえ、食事を止めてすみませんでした。どうぞゆっくり」
彼はスッと手を挙げて、そのままレストランを出ていってしまった。
・・・謎だ。一体何がしたかったのだろうか。
「ま、二度と会うことはないし、気にするだけ無駄ね」
気を取り直して食事を済ませて、今度は中央駅近くにあるヒョートリエットの市場に向かう。
ここは野菜や花がメインの生活市場なのだけど、日曜には蚤の市になるのだ。
今日は平日なので色鮮やかな野菜や果物と綺麗な花を眺めて回って、今度はガムラスタンに向かう。
ここはジブリ映画に出てくる町のモデルになったと言われてるところで、全体が本当に可愛らしい。
一面石畳の路地の左右は暖色系の壁が並んでいて、歩いてるだけで映画のヒロインになったようで、なんとも幸せな気分になれる。