キスは目覚めの5秒後に

ここは王宮もある古い街。

たまに王室のお方が散歩してるそうで、会えるととてもラッキーだ。

気になるお店がたくさんあるけれど、今日は街中を眺めて回るだけにする。

ひとしきり堪能してガムラスタンから出てホテルに戻ろうとすると、後ろから声が掛けられた。


「ちょっとあなた、服が汚れているわよ!」

「え?」


振り返ると三人の女性がいた。一人は若くて、あとの二人は中年くらいに見える。


「ほらほらここ見てよ!」

「まあ、大変!」

「あなたすぐに脱いで拭いた方がいいわ!」


口々にそう言いながら私の背中を指差して騒いでいる。


「何が付いてるんですか?」

「ソースみたいなものよ」

「さあ早く!白い服だから目立つわ!」

「シミになるわよ!」


各々に早口で言われて焦ってしまう。

いつそんなものが付いたのだろうか。

それ程上等なものではないけれど、汚れたまま着ているのは嫌だ。


通りの端でバッグを肩からおろして脚の間にはさんで上着を脱いでいると、横から伸びてきた手にバッグをガシッと掴まれた。


「え!?ちょっ、待っ」


脱ぎかけの上着の袖が腕を動かすのを邪魔する。

もがきながらも咄嗟に両脚に力を入れたけれどそのまま強引に引き抜かれて、肩をドンと突き飛ばされた。


「痛ーっ!」


石畳に尾てい骨を強打して激痛が走る。

追い打ちをかけるように足を蹴られて踏まれて痛みで涙が出そうになる。

けれど痛がっている場合じゃない。あれには財布にパスポートに携帯電話、全部が入っているのだから!


「待て!!泥棒ー!!」


ありったけの声を出して叫びながら脚とお尻の痛みをこらえて必死で追いかける。

狭い路地。平日のせいか観光客はいなくて、こんなときに限って地元民もいない。

これは自分でなんとかしなければ!

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