キスは目覚めの5秒後に

ひそひそ声になった奈帆に合わせて私も声を小さくすると、彼女は顔を近づけて来て言った。


「失恋のショックで・・・ってことよ。あとは言わなくても分かるでしょ」

「うわあ、それ本当?」


思わず天を仰ぐ。

なんてことだろう。だから、みんなにこんな反応されているのか。

二週間経っても私が出勤してこなかったら、捜索願が出ていたかもしれない。

ある意味正解だけれど、ショックだ。

もしも帰国していなくても、会社には連絡するから生死の有無は判明するけれど、下手したら職を失うところだった。

そんな風に思われていたのなら、出社拒否と受け取られていたかもしれないのだ。


休まないでよかった・・・。


実は、もう一日休暇を伸ばそうかと思ってはいたのだ。

帰国してすぐの出勤だから、携帯会社にはまだ行けていないし。

通信手段が何もなくて不便だけれど、仕方がないか・・・。

とりあえずの生活費は、クローゼットに仕舞っておいたものがあってなんとかなっているからいいけれど。

クレジットカードにキャッシュカードに携帯電話、手続きしなくちゃいけないことが山ほどあるのだ。

本当、ため息が出る。


「とにかく、生きていてくれてよかったわよ」

「ありがとう」


正直、元彼のことなんて遠い日の記憶のように薄れてしまっている。

今の胸の中には、歌舞伎顔の彼のことしかない。

私、忘れられるのかな・・・。

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