キスは目覚めの5秒後に
少し曲がった道の先に中年女が走っていくのが見える。
バックを持って逃げた若い女はもうどこにも見えない。
とにかく中年女はなんとしても捕まえる!!
そして若い女の行き先を聞き出してバッグを取り戻すのだ!!
ズキズキと体を突き抜けるような痛みをこらえて必死に走る。
途中で脚がもつれて転んで、すぐに起き上がって走るも追いつくことができず、とうとう中年女まで見失ってしまった。
「うそでしょ・・・」
体中の血の気が引いていくのがわかる。
――無一文。
なんてことだ。どうすればいい?
スウェーデンにいる知り合いに連絡を取ろうにも携帯電話がない。
ここからだと大使館は遠くて、この脚だと到底歩いていけない。
何をするにも先ずお金が要る。
知り合いでもない日本人にお金を貸してくれる人は、まずいない。
警察を呼ぼうにも人がいない。
すんなりと手段が思い浮かばず、お金とクレジットカードとパスポートが頭の中で現れては消える。
体がガタガタと震えて、頭がうまく働かない。
まず何からすればいいのだ。
落ち着け、落ち着くのだ、私。
誰か、誰か助けてくれる人がいれば・・・それも同胞が・・・。
は!そうだ!あの人ならもしかして!
昼間会った、歌舞伎役者顔の人が、唐突に思い浮かんだ。
「急がなくちゃ」
もう日が沈みかけている。
ズキンズキンと痛む脚をなんとか動かして、ランチを食べたレストランのビルまで歩いて戻る。
「確か、4階って言ってたよね」
ビルの窓はどれも明りがついていて、とりあえず会社には人がいるようだ。
上昇していくエレベーターの中で考える。
少し言葉を交わしただけの私を助けてくれるだろうか・・・。
それよりも、彼は本当にここで働いているのだろうか。
どうか、ここにいますように!
そして、まだ家に帰ってませんように!