キスは目覚めの5秒後に
「ごめんなさい。その気はありません」
きっぱりと断ってさよならを告げると、パシっと手首を捕まれた。
「困りますね。二人になったのに成果がないとは、みんなに何を言われるか」
「そんなこと、私には関係ありません!離してください」
「騒がないで、みんなが見ています」
「あなたがそうさせているんです!」
既然とした態度を取って、手を振りほどいて早足で歩き出す。
もうっ、ろくな男に出会えやしない。
小走りになる勢いで歩いていると、店から出てきたスーツ男子のグループとぶつかりそうになった。
慌ててブレーキをかけてすみませんと言いつつぶつかりそうになった男子を見上げると、あまりの驚きでそのまま固まってしまった。
「あ・・・」
ずっと静かだった心に、風が吹き抜けた気がした。
けれど、その人は私の反応を見てもさして気にする風でもなく、取引先らしい人に挨拶し始めた。
ざわざわとざわめく胸を抑えつけて、声をかけずに歩き出す。
だんだん視界がぼやけてきて、歩くのがしんどくなってきた。
駅前の横断歩道の前で、青信号を渡っていく人の波を感じながら、流れる涙を拭いもせずに立ちつくす。
どうして、また会ってしまったんだろう・・・。
「竹下美也子、なんで泣いているんだ」
見上げると、眉間にしわを寄せた怖い顔が目に入った。
忘れるはずもない、この歌舞伎役者顔が。