キスは目覚めの5秒後に
「すみません、ここに、橘さんはいますか?」
入口近くにいた金髪女子に声をかけると、私の姿を見て一瞬怪訝そうな顔をした。
「タチバナ?いるわよ。あなたは誰?」
「昼間レストランで少しお話した竹下です。お会いしたいとお伝えください」
金髪女子はちょっと待っててと言って奥に引っ込んでいった。
間もなくして、一人の男子社員が足早にやってきた。
それは間違いなくレストランで会った歌舞伎顔の人で、ホッとして目に涙が滲んでくる。
けれど、安心するのはまだ早い。
この人が優しい人でありますように。
「ああタケシタって誰かと思えば、昼間俺が声をかけた人か・・・俺に何の用ですか?」
「あの、すみません。不躾なのは分かっています。でもあなたしか思いつかなくて。私を助けてください!」
お願いします!と必死な気持ちで頭を下げると、彼はどうぞ中に入ってとオフィス内に招き入れてくれた。
「助けてってどういうこと?服が汚れているけど、何があったんですか?」
尋常じゃない私の様子を感じ取ったのか、彼は至極真面目な表情で問いかけてくれる。
急いで全財産が入ったバッグを盗まれたことを話すと、彼は眉間にしわを寄せた。
「あんたバカか!そういうことはもっと早く最初に言え!クレジットはVisa?Master?」
「あ、Masterです」
「すぐに止めろ」
そう言いながら目にもとまらぬ速さで携帯を操作して私に貸してくれた。
耳に当てると既にコール音が鳴っていて、アメリカのカスタマーセンターに繋がった。
英語であたふたしながらもなんとか止めることができて電話を終えると、鞄を持った彼が隣に立っていて、私の手の中から携帯電話を奪うようにして取った。
「ありがとうございました」