私は、アナタ…になりたいです…。
1メートルくらい手前で立ち止まった。コンプレックスの固まりのような私は、彼に近づくだけでも勇気がいる。

絶対に注目される。
だって、違い過ぎるから…。


唇の前に持っていった左手を握りしめた。
きゅっと噛む癖のある唇の端に力を込めて、やはり立ち去ろうと決めた。

右足を一歩、後ろに下げた。
そのまま身を翻してダッシュで逃げようとしたのに田所さんは私よりも反応が早くて、あっという間に隣に立った。


「待ってたよ。河佐さん」


本当に嬉しそうな顔をして見せる。
逃げ出そうとしていた私の心を読んでたみたいに、サッと左手を握りしめた。


求めていた温もりが、あっという間に気持ちを掴んでいく。
さっきまで抱え込んでたコンプレックスよりも、田所さんの暖かさに触れたことが嬉しくなった。


「あ…あの…」


それでも戸惑いは隠せない。何処で誰が見ているか分からないから。


「大丈夫。周りに知った顔いないから安心して」


キョロキョロと辺りを見回して、田所さんはウインクして見せた。

これも癖の一つなんだ…と最近知った。
そして、閉じるのは必ず左目だってことも覚えた。


「店はこっちだよ」と言って歩き出す人が、私の歩調に合わせてくれる。
一緒に歩くのは2度目なのに、もう身についてるのはさすがとしか言いようがない。

これまで一体何人の女性とこうして手を繋いで歩いてきたんだろうか…。

私は彼にとって、何人目の彼女なんだろう…。



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