気になるパラドクス
おおう。真理さんの笑顔が固まった。
そして黒埼さんの声は絶対零度を保っている。

うん。表情は見えないけど、何だか怒っている雰囲気だよね?

「なに。どうしたの?」

「白いコート着て無いって言ってたくせに……」

「は?」

ぶつぶつ文句を言われているみたいだけど、なんのことよ?

「10年前、眼鏡かけてたんじゃないか」

「え。そんなことを言われても、そんなの普通は覚えてないって。10年も前の話……」

そう“10年前”の……その単語で思い出したのは、以前に交わした黒埼さんとの会話。

“眼鏡をかけて”いて“白いコート”をいつも着て“フロップのストラップを買い占めて”いた女性の話。

それから真理さんの言った“ミリーなんだ”が重なって、抱きしめてきていた黒埼さんの腕をぎゅっと掴む。

「もしかして……。わ、私がミリーの、モデル?」

我ながら声が上擦って、顔どころか身体中が赤くなってくるのがわかる。

目の前には訳知り顔になった真理さんとお父さん。こそこそふたりで話をしたと思ったら、

「んじゃ、ご馳走さま」

真理さんがそう言って、おとうさんと一緒にリビングを出ていってしまった。

……えーと。ごめんなさい。

ふたりがいなくなると、黒埼さんはちょっとだけ腕の力を抜いてくれる。
そう気がついて、私も力を抜いて背中を彼に預けた。

「……私たち、あの当時、会っていたのかしら?」

記憶にはないんだけど、聞いてみると小さな笑い声が聞こえた。

「だいたいの店番、俺だった」

「ごめん。記憶にないよ。自分より大きな人が店にいたなら、何となくは記憶に残っていそうな気もするんだけどさ?」

「俺はいつも座ってたから。レジ打ちも座ってたし」

座っていた? なんだかそれってすごーく態度悪い店員さんに……。

「そういえば、そんな店員さんがいたかも。金髪で、いつもサングラスかけて、パンクな格好で……ちょっと怖い感じの……」

あまり真っ正面に見るのも怖くて、顔もよく覚えていないけど……もしかして?

「ああ。怖がられてんだろうな、とは思ってたけど、間違いないな」
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