気になるパラドクス
うそぉ? だって、なんか……いつも無表情で、愛想笑いもなくて、本当に怖かったのよ?

それが黒埼さんだったの?

「なんかスゲー……」

ポツリと呟かれた言葉に、戸惑って耳を傾ける。

「すごいの?」

「うん。すごい。あの当時は話しかけられなくて、いつの間にか来なくなったから……諦めたんだけど」

そうなの? そう思った瞬間に身体ごと振り返っていた。

「え……ちょっ。ま……っ」

慌てた黒埼さんは珍しいけど、真っ赤になっている黒埼さんはもっと珍しい。

でも、そんな黒埼さんを見れたのも一瞬で、すぐに抱きしめられてしまった。

「今は見るなよ」

「今見ないでどうするのよ」

「……それもそうなんだけど、それは困るんだ。カッコ悪い」

困るのか。それなら仕方がないのかな。男の人って、本当に“格好”にこだわるけど……私も“見た目”にこだわるから……。

「聞いていい?」

「……嫌だ」

嫌だって言われてもなー。それじゃあ黒埼さんはずるいと思うんだな。
キュッと脇をくすぐると、奇妙な声を上げて、彼は私を手放した。

「美紅! 今のはずるいだろ!」

「お互い様よー。でも、くすぐったがりなのね。よくわかった」

顔が赤い者同士、一瞬だけ睨み合って、それから吹き出した。

「前に言っていた、話しかけられなくて、来なくなっちゃった人も私?」

黒埼さんは困ったように眉を下げ、それから鼻を少しだけいじると、小さく頷いた。

「……そう。みたいだ。来なくなっただろ。本店には」

「ああ。うん。だって会社からも家からも遠いし……確か、公園通にもお店出したじゃない? あっちの方が近かったから……」

フロッグすてっぷに全く行かなくなった訳じゃない。私の部屋を見て、黒埼さんも気づいてると思うけど、私の部屋はフロッグすてっぷに溢れているから……。

だけど、黒埼さんは大きな溜め息を吐いて両手で顔を隠した。

「だよなー……。あっちは真理に任せたもんなー。あー……なんだよそれ」

「そんなことを言われても困るけど」

もっと困るのは、大きな図体しながら、可愛い反応している黒埼さんだ。
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