気になるパラドクス
時間にすればほんの数秒。

だけど、そのほんの数秒……生きた心地がしない。

聞こえるのは、車道を走る車の音。

それから通りすぎる人たちの談笑と、通りすぎていく靴音。

何も起こらない?

恐る恐る目を開くと……。

「……か、勝手にしろ!」

どこか上擦った声を残し、去っていく原くんの後ろ姿が見えた。

それをポカンとして見送る。

……何が起こったの?

「……だらしねぇなぁ」

ブツブツ呟いている黒埼を見上げ、目が合うとニカッと笑われた。

「怖かったか?」

「う、うん」

「さすがの俺も女の目の前で殴りあいの喧嘩しないって。だいたい素人相手に本気になるかよ」

……どこの玄人ですか、あなた。

「……何か、習ってるの?」

「んー。空手と弓道? でも、殴るのは好きじゃなくてな」

あっけらかんとして言う黒埼さんに、複雑な顔をする。

空手は殴って蹴るイメージで、弓道って静かで凛としているイメージ?

結果、よくわからない。

「って言っても、昔の話だ。だいたい黙って見ていれば勝手に逃げてく」

見てれば逃げてく……って。

溜め息をついて、黒埼さんのジャケットから手を離した。

「それで、今日はどうしたの?」

「一応、メールにも書いたけど、買い物に行こう。で、飯食おう」

立派なデートみたい。だけどデートとは言わないんだね。

「デート?」

「デートだな」

黒埼さんは私に向き直り、これは言葉遊びだなぁ……と感じる。

「お前が好きそうなショップを見つけた。花柄も好きだろ」

「好きだけど、写実的な花柄は好きじゃないよ?」

「知ってる。さすがに個人データは調べなかったが、購入データは見た」

……それはどうなんだろう。

思わず苦笑を返すと、ふっと息を吐いて肩から力を抜いた。

「私をダシにして敵情視察?」

「ご名答。さすがにこんな大男がひとりで店に入ると目だつだろー?」

「私だって目立ちますよ」

鼻で笑われて、歩きだした黒埼さんについて行く。
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