ナニカ 〜生んで、逃げて、殺される物語〜
「霞、キスしていい?」
「……」
うんと言っていないのに、敬太は顔を近づけてきて、私の唇を奪った。
敬太の唇は冷たい。
直前まで氷に唇を付けていたかのように冷たくて、思わず私は顔を逸らしてしまった。
唇が離れた後も敬太は私を離さず、両腕の中に閉じ込めて、耳もとでささやいてくる。
「悪いのは全てナニカだ……霞は悪くない。
気にしなくていいからな……」
その言葉に驚いて、私は言葉をなくしてしまった。
敬太が……おかしい。
私の知っている敬太は、正義感の強い人。
弱い者には優しく、自分より強い者でも、その人が間違っていると思えば臆せず立ち向かっていく。敬太はそういう人。
そんな敬太のことが、私は大好きだった。
でも、今の敬太は……。
ゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。
さっきまで太陽の光が眩しかったのに、急に雲が広がり、空が灰色に変わった。
ポツリと雨粒を頬に感じる。
屋上のコンクリートにはドット柄が描かれ、敬太の白いワイシャツの上にも雨がポツポツ当たっていた。
敬太はそれさえ気づいていないかのように、私を腕に抱いて離そうとしない。
敬太のことが好きな私にとっては、この状況は嬉しいはず。
それなのに……心に広がるのは喜びではなく動揺だった。
敬太の様子がおかしいと思うのは、私の気のせい……?
遠くの空に稲光が走り、どこかに落雷した大きな音も響いて聞こえた。
怖い……そう思った。
大きな危険が近くまで迫っているような、嫌な予感がしていた。