優しい胸に抱かれて

『柏木、ビール』

『はーい…』

45分が過ぎるとお店の人を呼び出すのが面倒になって、店員さんに『ピッチャーでください』と頼んでいた。中盤でピッチャーが登場すると、みんなが必ず『温い』と、文句を垂れていた。文句を言いながらも結局はそれを空にした。

『グレープフルーツサワーなんて可愛いもの飲んでんじゃねぇよ。何で、お前だけシュワシュワしたもんなんだよ』

と、決まって日下さんに絡まれた。しかもそれには理由なんてないから適当に受け流す。

『みんなのもシュワシュワしてますよ。じゃあ、レモンサワーにします』

『そうじゃねぇよ』

お決まりの返しをされた。この一連の会話は毎回で、未だにこの下りはなんなのか理解できていない。ただ絡みたいだけだと思っていた。

その後で必ず佐々木さんに呼ばれる。だから、私はテーブルの上で迷子になっているライターを捜し回った。

『柏木、ちょっと来いよ』

『…はーい』

私はタバコの火を点ける係りの番だった。

『お前、火点けるのうまくなったよ。最初は俺の髭を燃やしてたぞ』

首に腕を回されて、よしよしとあやされる。燃やしたことはなかったが笑って謝った。

いつもならここで、『佐々木さん、セクハラで訴えられますよ』と、助けてくれる彼だったが、今日は助けてくれなかった。

彼は日下さんと新人さんとで話に夢中だった。

『何かあったのか?』って問われ、首を振るだけの返しをし、佐々木さんの腕と彼への視線を振り解いた。
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