優しい胸に抱かれて
『あっ…』
『…今度は何?』
長いキスの合間にゆっくりと目を開けると、テレビ塔のデジタル時計の表示が消えて思わず声が出てしまう。静かに瞳を上げた彼が鬱陶しそうな視線を向けた。
『終電…』
0時10分を過ぎると消灯してしまう電光時計、要するに今から走っても終電に間に合わないってことだ。
『…どうしよう』
『何が?』
彼もテレビ塔に顔を向けると、もどかしそうな表情を一人焦る私の方へと戻す。
『だって、…帰れない』
『よく考えてみろよ、この状況で帰すわけないだろ?』
『…へ?』
何とも間抜けな声を出す私の思考回路は、油でも差せばいいのではないかというくらい鈍い音を立てフル回転する。
それってつまり、公園にずっといるってことだろうか。春とはいえ、さすがに寒いだろうし、このままここにいたって風邪をひいてしまう。フル回転させてもグリスが足りないのかせいぜいこの程度だ。
『…違う』
『え、じゃあ何処に…』
そう言い掛けて飲み込んだ。
『やっと、わかった? 何が終電だよ』
背中と腰に回された腕は、まるで離さないと言っている。その答えは簡単だった。
『まだ、付き合ってくださいとも言えてないし、それにもうちょっと一緒にいたいから。…その顔はまだ何か言いたそうだな。わかってるよ、着替えとかなんとか心配なんだろ? そこはきっと心配しなくても大丈夫』
タクシー乗り場まで歩きながら彼はそう言って、私の心配していたことを当てる。何が大丈夫なんだろうと、目で問いかける。大丈夫と言われれば、大丈夫な気がするから声には出さなかった。