優しい胸に抱かれて
「…それより、雲行きが怪しいな」

「え? 怪しいのは佐々木さんじゃないですか?」

「うるせえ! 童顔は黙ってろ」

 これみよがしに私の目の前にどさりと書類を置き、いそいそと作業服なんか用意して、どっからどう見たって佐々木さんは現場に逃げようとしている。雲の速い動きより断然怪しい。


「どうするんですか? この完了してない完了報告書、今日中ですよ?」

「んなことわかってる、だからお前の机の上に置いたんだろ」

 つまり。黙って、処理しておけってことだ。

 出張から戻ったばかりでも、一つ一つ自分の目で確認しなければ気が済まない性分らしい。

「…佐々木さんはほんと現場好きですね」

「うるせえって言ってんだよ。わかってんなら黙ってろ」

「ちなみに、天気予報では今日は曇りです。明日が雨です、明後日は曇り時々雨です」

「まとめて3日分言いやがって、忘れるから毎日言え。わかったか?」

「…わかりません」


 佐々木さんが貯めていた書類を片付けていたわけで、別にぼさっとしていたわけではなく、なぜだか机には書類が増えている。どうりで減らない上に時間が掛かりそうなややこしい案件の依頼書まである。

 ちらりと斜め向かいに目をやると、その視線に気づいた島野さんが、何見てんだと言いたげに眉間を寄せた。

「その店舗のインテリア設計、お前に任すって昨日言っただろ」

 言われたけれど、これは請けれない案件だ。内容的にも時間が掛かる。


「…いくらセンスないからって、インテリアぐらい自分でやってください」

「センスないだと? おかしなこと言うな」

 どっちがおかしなことを言っているのだろう。今日は無地でからし色したネクタイに無地のピンクのシャツ。どこで見つけてくるのだろうと、ネクタイを緩めに結ぶ向かいに座る日下さんへ視線を移す。


 日下さんは紺に水色の小さなドットが入ったネクタイ、サックスブルーのストライプのシャツ。同系色はまとまりがありすっきり見える。至って組み合わせしやすい。

「…日下さんは出掛けないんですか?」

「何だよ? 俺がいたら何か不都合でもあんのか?」

「いえ、…そういうわけじゃないんですけど」

 じゃあ、どういうわけだ。と、聞かれれば何とも言えないので、身を細めるようにディスプレイに隠れた。
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