彼が嘘をついた


「……遥」

不意に名前を呼ばれて振り向くと、彼に腕を引かれる。
彼の方を向かされ、両肩に手を置かれた。
そのまま、彼の顔が近づいて来て、思わずギュッと目を閉じた。

その刹那…
唇に感じた柔らかい感触。

それが、彼の唇だと気づいたのは、それが離れてしばらくたってから。

閉じていた目をゆっくり開くと、ニッコリと微笑む彼がいて、

「…おやすみ、遥」

そう言うと、私の頭をポンポンとして、隣のヒロくんの部屋に入って行った。

私はその姿を見送り、自分の部屋へと戻った…らしい。
気付けば湯舟の中で、彼と触れ合った唇を、無意識に指でなぞっていた。

(なんで、いきなりキスなんかしたの?)
と言う彼への疑問と、
(彼の唇、すごく柔らかくて温かかった。
……それに、優しいキスだった)
と言う感想と、
(キスって、気持ちがなくても簡単に出来るの…かな?)
と言う恋愛初心者な考えと、
(なんで私、普通に目を閉じて、簡単に受け入れちゃったんだろう…)
と言う自己嫌悪。

それらが頭の中でぐるぐる回って、プチパニックを起こしていた。

それで、勝手に出した結論が、
(五十嵐くん、酔っていたからだよね)
だった。

ほら。
酔うと"キス魔"になる人がいるっていうし…。

そうしないと、私の気持ちがダメになりそう…



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