となりの専務さん
「ああ、昔から使ってるから結構古い。でも気に入ってるからな。新しいベースが欲しくないってわけじゃねぇけど、やっぱコイツが俺の相棒っつぅか」

そう言って木崎さんは相棒のベースを軽く鳴らした。


「あっ、こんなところで弾いたら大家さんに叱られますよ」

「ちょっとくらいいいだろ。この時間は大家はいつも風呂入ってるしよ」

大家さんの部屋と木崎さんの部屋はとなり同士なので、お風呂の音とかがよく聞こえてくるとのことだった。
私の部屋と専務の部屋は壁に穴が空いているからそういう音は当然よく聞こえるけど、アパートの壁がもともと薄いため、穴が空いていなくてもとなりの部屋のそういう音や気配はよくわかるんだろうな。



そして木崎さんは、再びベースを鳴らし始めた。



ほんの数秒、弾いてくれただけ。

楽器のことも、音楽の専門的なこともよくわからない。


でも、すごく上手だと思った。



「すごい、すごいですね! ロイみたい‼︎」

「バカ、褒めすぎだ。ロイに失礼だろ。ロイはこんなもんじゃねーしな」

「バンドとかやってるんですか?」

「ああ、大学の仲間と組んでる。もちろん俺はベース。たまに作曲もしてるぜ」

「作曲! すごい!」

「作詞もやりてぇが、メンバーがやらせてくれねぇ。なんかセンスないとか言われる」

「あはは」


いつの間にか、自然に笑えてる私。木崎さんは、思っていたより全然話しやすい人だ。

そしてそのおかげで、専務のことでモヤモヤしていた気持ちが、少なくともこの瞬間は消えていた。



「木崎さん、ありがとうございます」

「は? なんだよ急に」

「わけは聞かずにお願いします」

突然の私の発言に、木崎さんは意味がわからないと言わんばかりの顔をしていたけど。


「……つぅか、タメ口でいい」
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