となりの専務さん
私は首を横に振った。

「ちがうよ……専務のことは、家族のために犠牲にしたんじゃない。私が、自分自身に自信がなかっただけなの」

……家の借金のことがまったく原因じゃないというわけじゃなくても、それでも、最後に別れを決めたのはほかの誰でもない、私だ。
自分に自信を持っていれば、借金があろうと、社長になにを言われようと、もしかしたらべつの答えもあったかもしれない。
専務のためにと思って別れを決意したつもりだったけど、自分に自信があれば、ほかに選択肢もあったかもしれない。

……なんて、いろいろ考えても、もう二年も前のことだ。考えたって、仕方ない。


「……借金返したけど、響さんとヨリを戻せる可能性はないの?」

お姉ちゃんが心配そうに聞いてくる。


「どうかな……」

専務とは、二年前、私が借金を返して、なおかつ立派な人間になったら私のことをまた恋愛対象として見てほしいとお願いした。
立派な人間になったかはべつとして……借金は確かに完済した。

……報告、するべきだと思う。ヨリを戻す戻さないかはべつとして、きっと、たくさん心配してくれてたから。

でも、二年も会話がなかったから、なんだか話しづらい。
相変わらずアパートのとなりには住んでいるけど、私たちの距離はすっかり変わってしまったように思う。
その距離を選んだのは私なのだから、私がいろいろ言うことはできないけれど、この二年の間に、専務にはほかに好きな女性ができた可能性が高いと思う。それなのにわざわざ完済の報告をして……それってまるで、今にも専務とヨリを戻したいと言わんばかりのアピールみたいになっちゃうんじゃないかな? 専務を困らせてしまうんじゃないかな。


……もちろん私は、今でも専務のことが変わらず好きだけど。

でも、専務を困らせるのは嫌だから。いろいろ悩んでしまう。
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