となりの専務さん
それに、私たちがこのアパートから去ったら……。

中野さんは、今は念願叶って語学留学中だ。
私と涼太さんが離れている間に引っ越して……今もたまに、海外からメールやハガキを送ってくれる。

凛くんも、先日このアパートを去った。
凛くんは、音楽を捨てられないと言って、お父さんを説得して、その道へ進んだ。
凛くんも時々連絡をくれる。
まだ決してすごく有名というわけではないけれど、あのバンドで少しずつ活躍の場を広げていってる。


もともと私たち四人しか暮らしていなかったこのアパート。
中野さんと凛くんがいなくなって……今ここに住んでいるのは、私と涼太さんと、そして大家さんだけ。

大家さんは、私と涼太さんが付き合っているのを知ってから、『こんな狭くて古いアパートにいつまでもいないで、ふたりでいっしょにもう少し広い家に引っ越しなさい』と何度も言ってくれている。

でも……私たちまでここを出ていってしまったら、このアパートはどうなるんだろうとも考えてしまって……。


「じゃあ、いっしょに暮らすのやめる?」

私の心を見透かしたように、突然涼太さんが言った。


「このアパートの一室じゃ、狭くていっしょに暮らすのは難しいし」

「う……」

「……大丈夫」

「え?」

涼太さんはやさしい表情で言った。

「ここに住み始めた俺たちみたいに、このアパートが必要な人たちが必ずいるよ。きっとなくなったりはしないよ」

「……そうですね」

思い出はいつまでも大事にしたいけど、その思い出にしがみついているのもなんか違うよね。

中野さんも凛くんも、自分の夢を叶えるためにこのアパートから出ていったんだ。
私も……前向きな気持ちでいよう。
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