となりの専務さん
「……私、ファーストキスでした!」

突然私がそう言い出すと、専務は少し驚いたような顔をした。


「び、びっくりしましたか? 二十二歳にてキスすら経験ないんです、私」

「付き合ってた人いたって言ってなかった? 廃墟誘ってきた人」

「その人とは一ヶ月しか付き合っていないので、手を繋ぐまでしかしてません。だから、唇すれすれとは言え、私にとっては立派なファーストキスだったんです。ですので……


わ、私に似合いそうな洋服を、一着だけ、いっしょに選んでくださいっ」



……私はこの際、自分の気持ちに、そして専務のご好意に……素直になろうと思った。

私も、本当はキレイでかわいい洋服が欲しい。
専務が気にかけてくれてるのも素直にうれしい。

頬へのキスを訴える気なんてまったくないけど、自分は洋服を選ぶセンスもあまりないし、私よりもセンスのありそうか専務に付き合っていただきたいと思った……。


でも、さすがに誰かの代わりに専務と結婚することはできないから。

「選んでいただいた洋服のお金はもちろん私が払います。でも、今は持ち合わせがないので……初任給が出たら、壁のお金といっしょに支払います。すみませんが、今日は、その……」

私がそう言うと、専務は
「ほんとは俺が出してあげたいけど……君がそう言うなら」
と言って、ほほえんでくれた。



それから、私たちはお店の中をふたりでゆっくり見て回った。

何着か、専務が「似合いそう」って言ってくれた服を試着したりした。



……専務は会社の上司だ。それはわかってる。だけど……こうしてるとなんだか……普通のデート、みたいで。……少し、ドキドキしてしまった。



専務は時々毒舌でグサッとくること言ってくるけど、本当はすごくやさしい人。
婚約者さんと結婚したくないからという理由で私と結婚したいなんてすごいことを言ってきて、私にやさしくしてくれてるのはそれゆえなのかもしれない。でも……やさしいことにかわりはなくて。


なんで、専務のせいで仕事辞める人が多いのかな。
月野さんが言ってたみたいに、女性社員に手を出すとも思えない……いや、確かに今キスされたけど、でもそれは私のためて……。

私は、



私は、専務がとなりで笑ってくれると、なぜだかすごくうれしいけどなぁ。
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