となりの専務さん
すると専務は、私に鏡の方を向くように指示した。

よくわからなかったけど、私は専務に背を向け、言われた通りに鏡を見つめた。
髪をキレイにセットしてもらい、いつもよりかわいい洋服に身をまとった自分。いつも見慣れているはずの自分が、少しだけいつもの自分じゃないような気がして、ちょっと気恥ずかしい気持ちになった。


でも。



すぐに目を逸らした。


結局は自分だ。


べつに、自分のことが嫌いなわけじゃない。
でも今は少し、自信がなくなっている。ダサくて、恋愛のことに疎くて、先輩にも嫌われて、お金もなくて。
それでも、がんばろうと思ってはいるけど、今は、自分自身の味方になれそうになくて。



すると専務は。


「……俺はさ」

私は、鏡台に映る専務の顔を見つめた。専務も、私のすぐ後ろで鏡台越しに私を見ていた。


「……俺はさ、父親の言われた通りに生きてる毎日に嫌気が差して、家を出て、こんなアパートに暮らしてるわけだけど。でも、うちの会社の仕事が嫌いなわけではないんだよ」

「え?」

「化粧品会社での仕事は、とても好きだよ」

言いながら、専務は私の髪をさらりと撫でた。

くすぐったくて、でも気持ちよかった。


「女性が、化粧品でキレイな姿に変わっていくのを見るのが好きだ。もちろんうちは男性用の商品も扱っているけど、とくに女性の変化を見るのが好きだ」

鏡越しに見る専務の表情は、わかりにくくはあるけど、でも普段よりどこか生き生きしていた。少なくとも、普段の無表情ではなかった。
< 68 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop