となりの専務さん
……と、専務はなんだかいきいきしていて、どうにも逃れられそうな雰囲気はなかった。



「じゃ、目つむってくれる? あ、せっかくだから鏡を見るのは一番最後にしようか。やっぱこっち向いて」

私は観念して……言われるがままに今度は鏡台に背を向けて、専務と向き合い、そして目をつむった。



ーー穏やかな話し方とは裏腹に、いつもどこか強引。

でも……『魔法』という、自分の目標や信念をしっかりともってお仕事されているというその姿を……私はすごくかっこいいと思った。


私は正直、コスメチアじゃなきゃダメだったわけじゃない……化粧品会社じゃなきゃダメだったわけじゃない。

正直、大手の会社に就職したいって気持ちが強くて、ただそれだけだった。

働き始めてからも、『借金返済のためのお金を少しでも稼ぐために出世したい』ってずっと思ってた。



もし、いきなりなにか信念をもって仕事するべき、とか言われても、急には思いつかないと思う。


でも。


専務の話す、『魔法』という専務の信念にーーすごく共感したのも、そしてすごく惹かれたのも……事実だった。




専務の指が、手が、私の顔に触れていく。

目をつむってるからなにも見えないけど、目をつむってるからこそかな、なんだかドキドキしてしまって。


……というか、男性の前で目をつむっているだけでドキドキする……。



「……まだ目開けちゃダメですか?」

「ダメ」

「……」

「一回目開けて」

「はい」

「鏡は見ちゃダメだからね」

「はい……」

目を開けたり閉じたりを繰り返しながら、専務にメイクを続けてもらう。

普段は簡単なナチュラルメイクしかしたことなかったから、どんな感じになってるのか、まったく想像もつかない……。


でも、チラッと見た専務の表情は真剣そのもので、化粧品にかける情熱とかが直に伝わってくるようで、やっぱりかっこいいなと思った……。
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