となりの専務さん
そんなことを考えていた時だった。


「ていうかさぁー、木崎(きざき)がいないじゃん。ずるー」

アパートの階段の掃き掃除を終えて、私と専務のいる駐輪場付近まで降りてきた中野さんが、私たちのうしろにいた大家さんに不満を言った。


確かに、今日のこの清掃活動に、木崎さんの姿はない。

木崎さんというのは、このアパートの住人のひとりだ。
このアパートには、私と専務、中野さんと大家さん、そして木崎さんが住んでいる。


木崎さんとは、一度だけ会ったことがある。
私が引っ越してきた時に、あいさつでお部屋まで伺った。それきり会ったことはなくて、朝も夜もすれ違わない。


大家さんによると木崎さんは大学生らしいけど、確か金髪でピアスもたくさん開いていて、あまり愛想もなく、正直怖そうな人だった。



「木崎さんなら、事前にお休みの連絡を受けています。どうも、実家のお父さんが入院して、そのお見舞いに行くとかで」

中野さんの言葉に、大家さんがやさしい声色でそう答えた。


お父さんが入院……? そうなんだ……。木崎さんも木崎さんのお父さんも、大丈夫かな……。


ふと、自分のお父さんと重ねてしまう。
お父さんとはよく電話するし、お姉ちゃんからはもっと頻繁にメールでお父さんの様子を聞いたりしてる。
今はだいぶ元気になって、病院にもひとまず通わなくなったってことなので安心してるけど……でも、もしまた倒れたら、って急に心配になって。


そんな風に思っていたら、突然、専務が私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。


背の高い専務を見上げると。

「大丈夫だよ」

と、無表情で、でも確かに私の心情を読み取って、やさしくそう言ってくれた。
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