お帰り、僕のフェアリー
「あの、僕には、」

「君は。」
僕には既に結婚したい女性がいる、と言おうとした僕の言葉を遮って、大臣が口を開いた。
「君は、政治に興味はあるかね?」

……ない。
全く、ない。
と、政治家に言っていいものなのか?
僕は言葉を失った。

「ご覧の通り、私はもう高齢だ。いつお迎えが来てもおかしくない、と覚悟している。しかし、私には跡取りがいない。」

ますます言葉を挟めない。
下手に相づちを打てない話の流れに、僕は口をつぐんだまま、大臣を見つめた。

「君を跡取りには、さすがに望めないだろう。しかし、私の孫と君との間に男の子が生まれたら、私の跡を托したい。」

さすがに飛躍しすぎだろう、と僕は少し呆れてしまった。
この人は、「次の選挙までに結婚させたい」のではなく、「自分が死ぬまでに男のひ孫が欲しい」のか。
なんとまあ。
種馬に選ばれたことを、僕が喜ぶと思うのだろうか。

「まあ、私がひ孫の成人まで生きられるとは思わないので、婿に繋ぎになってもらうが。」
大臣の描く青写真を破るのは申し訳ない気もするが、僕はきっぱりと言った。
「お話はよくわかりました。しかし種馬は私である必要もないでしょう。私には、心に決めた女性がいます。この話を成立させるつもりはありません。」

大臣は、ソファの背もたれに、どかっともたれて、肩を揺らして笑った。
不敵な表情に、内心たじろいだが、僕は虚勢を張り続けた。
「……君は、何も、わかってない。」
大臣は静かにそう言ったが、その声には怒りがこもっていた。

確かに、僕には何もわからない。
なぜ、僕なんだ?
いきなり僕の人生をさらおうとする大きな存在に翻弄されないよう、僕は両足を踏ん張った。

しばらくして、大臣は、ため息をついた。
そして、表情と口調を和らげた。
「……いや、すまないね。わかってないのは、君だけじゃない。孫もだ。親の心子知らず、とはよく言うが、爺(じじ)の心はもっとわかるはずもない。ここからは、政治家高橋ではなく、孫に甘い、ただの爺の話と聞いてくれ。」

そう言われても何も言えず、僕は黙って、大臣の次の言葉を待った。

「私の孫は、小さい頃から従順ないい子でね。わがまま1つ言わない子だった。」

夕べ、逃げたじゃないか。

「目に入れても痛くないと、本気で思っている。孫が私の思いを何度踏みにじっても、あの子が幸せならそれでいい。」
大臣は、僕を見据えた。
「私の孫を不幸にしたら、許さない。」

大臣は僕を脅していなかった。
真剣に、僕に対して怒りのような強い気持ちをぶつけてきた。

喧嘩を売られたのだろうか。
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