お帰り、僕のフェアリー
「そうそう。あの時にきちんとお手紙くださいましたでしょ?私も、セルジュさんがご挨拶に来たいのを静稀ちゃんが阻止してる、ってわかってましたよ。」

「あ!また私を悪者にしてる!」
静稀が子供のように頬を膨らます。

僕は静稀の両頬に両手をあてて、軽く押した。
ぷうっ……と、静稀の口から音をたてて空気が漏れる。

「まあ!静稀ちゃん!はしたない!」
おかあさまに怒られて、静稀は真っ赤になる。
「違いますっ!セルジュが!……ひどい!セルジュの意地悪っ!」

僕はお腹を抱えて笑ってしまった。
かわいい静稀。
素敵なお母さま。
……何となく、幼少時に亡くなった僕の母に似てる気がする……穏やかで優しい笑顔と声が。

「セルジュさんのお父さまが外交官でいらっしゃることもわかってましたし、本当に急ぐつもりもなかったんですよ。どうせ静稀ちゃんは歌劇団をやめるまで結婚できませんし。でも、今年度になって、セルジュさんが急におもてになりましたでしょ?」

お母さまにそう言われて、僕は気恥ずかしくなる。
「もてるって言っても、伯父の七光のような肩書の独り歩きですよ。」

お母さまは、ゆっくりうなずいて続ける。
「充分ご立派ですよ。現にすごい数の縁談だったのでしょう?おじいさまはお友達の外務大臣からそれを聞いて焦られたんですわ。静稀ちゃんが捨てられないよう確約が欲しかったのでしょう。」

「心外だな。捨てませんよ。絶対。」
僕はきっぱりそう言った。

お母さまは、ほうっと美しくため息をつかれた。
「ええ。ええ。私は信じてましたよ。ありがとう。静稀ちゃんを大事に想ってくださって。おじいさまも、ようやく安心されたと思いますよ。ありがとう、セルジュさん。」

僕は思わずお母さまの手を取って、その甲に口づけた。

静稀が、ぎゃっ!と変な声をあげて抗議する。

僕はそんな静稀を尻目に、お母さまに笑顔で感謝を伝えた。
「僕も、ありがとうございます。あなたをこれから母と呼べること、とても幸せです。お母さま。」

それから、静稀をふんわりと抱き寄せて、その頬に口づける。
「ば~か。お母さまに焼き餅やくんじゃないよ。」

静稀が、恥ずかしそうに、それでも僕にしがみついてくる。
「……baisemains(ベーズマン)、他の女性(ひと)にしたの、はじめて見たんだもん。挨拶ってわかってても、ちょっと、いや~。」

「さすが、静稀。ベーズマンって言葉も知ってるんだね。えらいえらい。でも、僕が日本に来てから、御手を取ってご挨拶させていただいたのって、静稀と、お母さまと、大使夫人ぐらいだよ。」
そう言ってから静稀の耳元で囁く。
「もちろんbaiser(ベーゼ)は君だけだよ。」

静稀は、赤くなってうつむいてしまった。
かわいい静稀。
君を愛している。
君だけだ。
ずっと一緒にいようね。
< 112 / 147 >

この作品をシェア

pagetop