お帰り、僕のフェアリー
僕らが結納を交わして名実ともに婚約者となってから、2年半後。
突然、静稀は組替えになった。
渚さんがトップスターになってちょうど1年たった今、なぜ……。

人見知りな静稀が10年かけて築いてきた人間関係が全て断ち切られる。
静稀は、悲しみと不安で情緒不安定になってしまった。

もちろん、左遷ではなく、トップスター昇格を見据えた移動だ。
喜ばしいことではあるのだが、いかんせん、不器用で引っ込み思案な静稀のこと。
……一時は本気で退団を考えたが、さすがに歌劇団から引き留められたらしい。

静稀がようやく前向きに考えられるようになったのは、音楽学校時代同室だった咲ちゃんの存在が大きい。
「また一緒にやれるね!」
と、移動先の花組で10年間がんばってきた咲ちゃんが静稀を歓迎してくれたらしい。

しかし、こんなことを言ってはナンだが、花組は他の組と比較していろいろな面で厳しく、そしてプライドとレベルが高い……気がする。
組替えになるに当たって、静稀にはまとまった休みができたのだが、その全てを静稀は歌とダンスのお稽古に明け暮れた。

それでも、実際に公演のお稽古が始まってみると、その差は歴然。
静稀自身も驚くほど、花組の中では、ずば抜けてダンスが下手クソだったらしい。

……優しいトップさんや、しっかり者の咲ちゃんがかばってくれていたそうだが、それでも静稀は独りの時には罵詈雑言を浴びるのが日課になった。

「今日は、『顔だけのくせに』って言われた~。」
「本気かなあ?『あんたの下でなんかやってられないから、今年中に辞める!』って~。」
「『踊れないなくても、真ん中でポーズつけて立ってたらいい』って嫌みだよねえ?」
「『あなた独りのせいでみんなが帰れない』って怒られちゃった……」
などなど、静稀は毎日、僕に報告した。

確かに、静稀は10年で打たれ強くはなったようだ。
そして、感心なことに、今なお静稀は進化し続けている。
……毎日、朝から真夜中までのお稽古……僕は静稀の体が壊れないのか本当に心配だった。

しかし、公演が始まってしばらくすると、むしろ静稀は伸び伸びとやっていた。
トップさんや組長さん、副組長さんといった上級生が、次期トップとして可愛がって引き立ててくれているらしい。

今まで渚さんに気を遣いまくって神経をすり減らしていたことを思えば、慣れてしまえばとてもやりがいのある環境だったようだ。

そうして、新しい組でちょうど一年間を二番手として研鑽してから、静稀はトップスターになった。
劇団はとても力を入れてくれて、静稀は幸せなトップ期間を過ごした。
最近としては長期と言える5年間のトップ任期中に、大劇場10作、海外公演1回、別箱5作、コンサート2回、ディナーショー2回をさせていただいた。

劇団に愛され、組子に愛され、ファンに愛された輝かしい日々を経て、静稀は退団の日を迎えた。
……僕の恐れた通り、劇団には専科として残るようお願いされたらしいが、出産したいと卒業を断行したそうだ。

静稀、34歳の春だった。
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