ヒロインになれない!
「竹原さんは明日の朝食、お粥からスタート。……ゆっくり食えよ。」
山崎医師の最後の言葉は、私じゃなくて恭兄さまに向けられたものだろう。

恭兄さまがさっきから私に話しかけたくてしょうがない様子で、こっちを見てる。
山崎医師も当然気づいてるのに、無視してる?
……イケズ?

たっぷり時間をかけて、とうもろこし一本分のコーンの粒を食べさせた後、山崎医師は自分の指を恭兄さまに舐めさせた!

ギヤーッ!

完全に疑惑の目で2人を見てる私に気づいて、恭兄さまが慌てて言った。
「甘いから!」

……はあ?
山崎医師は、くっくっと小さく笑って
「じゃ、俺、帰るわ。天花寺、病院の壁は薄いから、夜間は静かに。」
と、言い残して、去っていった。

「北海道のとうきび、甘いんだよ。」
恭兄さまが、気恥ずかしそうにそう言った。

……まだ言うか。
「お二人、ものっすご~く!仲良く見えましたけど。」
どうしてもトゲトゲしくなる。
「てか、とうもろこしって、かじりつくものだと思ってました。一粒ずつ取って食べる人、はじめて見たんですけど。」

恭兄さまが苦笑した。
「由未ちゃん、何に対して怒ってるの?」
私は、答えられなかった。

まだ点滴のはずれない恭兄さまが、点滴スタンドごと私のベッドの横までやってきた。
「……触れても、いい?」
恭兄さまが遠慮がちにそう尋ねた。

私が頷くと、恭兄さまは、そーっとそーっと、壊れ物を扱うように、優しく私の手を両手で包み込んだ。
それから、私の瞳を覗き込むように見つめて仰った。
「……由未ちゃんのことを、自分の命より、愛してるよ。」

私はパチパチとまばたきを繰り返した。
「……それ、言うために、絶飲絶食したの?」

恭兄さまは、困ったような表情になった。
「……ほんとに……寝てる時のほうが素直だ……。」

また言われた!
一体私は無意識に何を言ってるのだろう。
そら恐ろしい。
「あの、私、いったい、どんなことを?」
恐る恐る聞くと、恭兄さまはため息をついた。

「うれしいことも、悲しいことも、吐露してたよ。……由未ちゃん……怖い目に遭わせて、ごめん。守ってあげられなくて、ごめん。もう二度と、こんな想いはさせないから。」
恭兄さまの手に力がこもった。

「恭兄さまは何も悪くないやん。」
ばつが悪い。
それに、何だか口の中が苦い。

「私が謝らんとあかんねん。心配かけてごめんなさい。無断で寄り道してごめんなさい。……自分を守れなくて……ごめんなさい……。」

涙があふれてくる。
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