草食御曹司の恋
別に家族に慰めてもらいたい訳じゃない。ただ、少し気を紛らわしたいだけ。
丁度、今年大学受験を迎える下の弟が、志望校について相談に乗って欲しいと連絡してきたばかりだった。
いい年をした大人が、いくつも言い訳を用意して、実家のインターフォンを鳴らす。玄関まで出てきた母親は急な来訪に驚いた表情だったが、用意した言い訳を話すと、すぐに笑顔でリビングへと招き入れた。
どうやら、受験生である弟の洸(こう)はリビングの隣の和室を占拠して友人数名と勉強をしているらしい。
四人きょうだいのうち、俺以外は今も実家で暮らしている。
とはいえ、俺の三歳年下の妹・梓(あずさ)は航空会社の客室乗務員という仕事上、家を空けていることが多い。櫂は出張が多いため不在なことがほとんどで、実質的にこの家で生活しているといえるのは洸のみだろう。
兄と姉の不在をいいことに、末っ子はのびのびと暮らしているようだ。
洸に声を掛けようと、俺は和室を覗いた。ふざけたり話に盛り上がったりしているのかと思いきや、和室では数人の少年が熱心に座卓に向かって勉強していた。
「あ、錬兄さん。おかえり」
洸が顔を上げると、つられるように友人達が顔を上げ「お邪魔しています」と俺に向けて挨拶をする。洸が通うのは名門私立大学の附属高校だ。あまり話したことはないが、洸の友人たちはいつ会っても礼儀正しい印象だった。
「いらっしゃい。邪魔してすまない。みんな、そのまま続けて。洸、俺は夜までいる予定だから、また後で話をしよう」
声を掛けてリビングに戻ろうと背を向けたところで、洸の友人のうちの一人に思いがけなく声を掛けられた。
「あの…すみません、お兄さん。姉が大変お世話になりました」
発せられた言葉の意味は分かるが、振り返ってもその少年の顔に見覚えはなかった。“姉”が誰を指すのか分からない。
俺の戸惑ったような表情に気付いたのか、少年は慌ててつけ足した。
「僕は矢島美波の弟で、矢島聡輔(やじまそうすけ)といいます。先日まで姉はお兄さんの秘書をさせていただいていたと思うのですが……」
最後は自信がなくなったのか、やや尻すぼみになったものの、聡輔は最後までしっかりと俺の目を見て告げた。それに対して、俺は彼女の名前を聞いた途端、情けないことに返す言葉を無くしてしまう。